某日>初夢の内容です。27年前に亡くなった母豊子さんと今95歳で一人娘の家族と同居している母の妹梅子さんがやって来て、僕と3人で近くの家に行ったのです。そこには僕の一人息子守くんがいたのでした。ドラマチックなストーリーはなかったのですが、目覚めて「いい夢だったなあ」と思いました。
某日>新しいスマホへ古いスマホからデータ移行してもらったのですが、うまく移行できたところとまったく移行できなかったところ、そしてぐちゃぐちゃに移行したところがありました。
どれだけいろいろ新しい機能が増えたとしても、古いスマホと新しいスマホを横に並べて「全てのデータを移行する。」をクリックしたらそれで終了、とするべきだと思うのは僕だけでしょうか。
某日>12月に大阪市立鯰江中学校で『平和、そして幸せに生きていくために』と題した講演を行いました。全校生徒数600人ちょうどの学校でしたが、当日は1クラスが学級閉鎖だったとのことでした。その講演を聴いてくれた生徒さんの中の74名から感想文が届きました。詩「らこすあや」についての感想が幾つもあったことに少し驚きました。この詩は、一人息子が幼児の時に『らこすあ』として「らんぼうはしない/ことばづかいはていねいに/すねない、すなおに/あいさつとへんじはきちんと」と教えていたのを、随分あとに「やくそくはまもる」を追加などして詩にしたのでした。
幾つもの感想文を読んでうれしくなったので、息子へそのことをメールしました。息子からは「反応があってよかったですね!」と返信が届きました。
某日>スーパーのサッカー台(買い物をスーパーのカゴから持参したバッグに移す台)で、買った大きな1/2白菜をリュックに入れる時に、リュックの底のデジカメをいったん出して白菜を入れたのです。そしてデジカメを台に置いたまま帰宅したのだと思います。2日後にそのことに気付いて店に電話しましたが、「そのような忘れ物はありませんでした。」と言われました。買い直すとなると15万円ほどになるので諦めました。
しかし、今回失ったサブ機のSONYの1インチコンデジの代わりに1/2.3インチのパナソニックコンデジを無理矢理にサブ機に昇格させるとして、昨年故障で動かなくなったポケットに放り込めるサード機の代わりを2万円から2万5000円の中古品で探すことにしました。
某日>添人のスマホも5年5カ月使って、バッテリーもすぐ無くなるし動作もへろへろになってきたので機種変更しました。初めて僕がデータ移行をすることにしたのですが、AIに尋ねながらでしたがスムーズに移行できませんでした。僕のスマホのデータ移行でもいろいろ残念な結果になりましたが、「なぜもっと簡単にできないのか!」と怒りを覚えました。
スマホの機能は確かにどんどん増えました。しかしどんどん価格が上昇し、操作も難しくなっています。複雑な操作は機械内で処理して、人がする操作を簡単なものにすることを優先しているようには思えません。
そこで考えたのが『デジタル・ボランティア』です。高齢などの理由でスマホなどのデジタル機器の操作が難しい人を助けるボランティアを行政が登録制にしてデジタル難民とつなげる。そして何かあれば行政が被害補償などするのです。もちろん、それに関わる経費はデジタル機器を販売する会社が負担するのです。ボランティアの方には自宅の近くで困っている人を無償で手助けしていただきます。助ける人と助けていただく人のマッチングも考えた上で、こんな制度があればいいと強く思っています。
もしかしたら、近年どんどん進んでいる高齢者と若者や現役世代との分断に対抗することになるのかもしれないと期待しています。
某日>親友の長井さんは1月生まれなので、毎年1月には二人でお祝いランチをします。今回は鰻重を食べてから、僕は約60年ぶりの住吉大社へ二人で行きました。赤い太鼓橋は覚えていましたが、そのほかは何も覚えていませんでした。その後、近くの喫茶店に入りました。珈琲に力を入れていそうな清潔な内装でしたが、メニューを見て700円という価格に「本気の珈琲なんだ」と思いました。
だから長井さんに「ちょっと見てきます」と言って、若い女性が珈琲を抽出するところを見に行きました。その抽出の雑さにあきれました。どこにも丁寧さがない抽出だったのです。こんな場末の喫茶店の珈琲で700円も頂くのなら、せめて珈琲抽出の基本ぐらいは学んでからにしてほしい。きっとアルバイトさんだと思いますから、オーナーの不見識というより非常識がこんなもの(珈琲と言うのももったいないので)を700円で売るのでしょうね。
某日>朝10時に家を出て、宇治市のウトロ地区(ウトロ地区についてはネットで調べてくださいね。)へ向かいました。僕は『暮しの手帖』2025年初夏号の記事を読んで、前々から行きたかったウトロ地区へ行こうと決めていたのでした。近鉄京都線の伊勢田駅から15分ほど歩いてウトロ平和祈念館と市営住宅の間に立ちました。市営住宅の所で掃除をしておられた高齢の女性に声を掛けたら、祈念館への入り口を教えるだけでなく中まで連れて行ってくださいました。暮しの手帖を読んで来たことをお伝えしたら、その方は「私もあの雑誌の写真に写っていますよ」とおっしゃったので、僕はスマホの中の雑誌の写真を開いて、どこに写っているかを伺いました。
1時間半ほどで2階3階の展示物のすべての文章を読み、1階へ下りたらテーブルの周りに沢山の方々が集まって催しをしておられました。その中に僕を連れて来てくださった女性が指差して僕に示してくださった所には、僕が記事を読んでお会いしたいと話したTさんがおられたのです。すにそばに行って、少し話して僕の詩の抜粋版と丸猫のポストカードを差し上げました。Tさんはすごく喜んでくださいました。